![]() | パゾリーニ・コレクション ソドムの市 (オリジナル全長版) Salo o le 120 Giornate di Sodoma 1975年/イタリア/118分 監督・脚本:ピエル・パオロ・パゾリーニ 原作:マルキ・ド・サド 脚本:セルジオ・チッティ 撮影:トニーノ・デリ・コリ 出演:パオロ・ボナチェッリ、ジョルジオ・カタルディ、カテリーナ・ボラット、アルド・ヴァレッティ、ウンベルト・P・クィナヴァル、他 Amazonで詳しく見る |
作品名などでググると詳細な解説ページなどが数多くあるので作品分析などはそちらをご参照に。
パゾリーニ監督作品はまだ「テオレマ」しか観れていないが、この映画も「テオレマ」と同様にメタファーが効いている。
例えばキューブリック監督の「フルメタルジャケット」などの、いわゆる「追い込み系」とは違って、暗喩のようにある事柄が象徴するようなことをほのめかす程度なので、映っていることそのものを表現しているわけではないことはハッキリわかるが、体制についての反発であることはハッキリわかるのですが、個別具体的な「ココのコレに対する」と突き詰めて考えるととたんに解かりにくい。
反ナチ、というよりは資本主義というか制度、社会自体を批判しているように感じるが、実際に映っている映像はスカトロというか糞食だったり、目を刳り貫かれたり、舌を抜かれたりする拷問や、というか、そもそも若い男女が布切れ一枚まとわずに裸で映っているような光景を2時間近く観ていると、それを見る側の感覚も変化してきて面白い。
そもそもヌードといえばポルノグラフィックや医療など、ある特定の状況とあいまって認識されているが、その特定の状況ではないものが表現されたヌードはポルノとは逆にそれだけで刺激的だ。
詩人でもあるパゾリーニ監督のセックスに対する考えがこの「ソドムの市」にあったことは間違いないないはずだ。